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◆オニヤンマ

急逝した母に続いて五年後
気丈で岩のようだった父もこの世を去り
だだっ広い田舎の家にはぼくひとりになった

それから毎年お盆が近づくと
ジリジリと照りつける太陽の下で
ぼくは破れかけの麦藁帽子を被って庭の草引きをする
父や母がそうしたように  黙々と

これが意外に深く楽しい
静かな時間の中で植物の世界をじっくりと観察できるからだ

腕のように茎を伸ばしてネットワークを広げて行くのや
蜥蜴の尻尾のように根と茎が離れやすくなっているやつ
びっしりと小さな葉を埋め尽くすやつややたらとひょろ長いやつ
葉の形や色も様々、実のつけ方も色々
落実の仕方など近代兵器並みに多様で戦略に富んでいる

その日もそんなことに感動しながら地面に向かっていた

陽射しがきつい 汗が頬を伝う

ふと背中で何かを切り裂くような音がした
驚いて振り返ったが誰もいない

なんだろう 気の所為かな
元に戻って草引きを続けた

暫くすると背後でまた音が 

今度ははっきりと聞こえた
「ビュッ」と風を切るような鋭い音だ

振り返っても、やはり何も見えない
音もしない なんなんだ一体?

再び地面にしゃがみこんで
今度はその音を待って身構えた

振り返らずに我慢していると
たしかに「ビュッ」という奇妙な音が
規則正しく一定の時間を置いて
ぼくの背中に迫ってくるのだった

その音が消えてから
しゃがんだままの姿勢で静かに体を反転させた
そして待った

すると
向こうから真っ直ぐな黒い塊が勢いよく飛んできた
しかも一直線に

鬼ヤンマだ! それもデカイ! カッコいい!

それがぼくの目の前で鋭く直角に曲がるような感じで
コースを変えてまた真っ直ぐに飛んでいった

「ビュッ」という音はそのときの羽音だったのだ

左右に伸びた見事な羽根
ガンメタに輝く黒と緑の縞模様
優美な胴体
大きくてまん丸な複眼
機械のようなメカニズムの口

ぼくはその造形に見惚れていたが
何度目かの周回ではたと気がついた

そいつはお気に入りのコースを真っ直ぐに飛びたいのに
実はぼくの存在が邪魔になって
あのような音を立ててターンしているのではないか 

そこでぼくは体の位置をずらせてそいつが来るのを待ってみた

するとどうだ

「今頃わかったのか」とでも言わんばかりに
悠然と飛び来たって 颯爽と飛んでいった

それは完璧な美しさだった


後記:このサイトを始めて最初に書いたエッセイが『鬼ヤンマ』だった
でもぼくの不手際でそのファイルを消してしまった
それを此処に同じプロットで再構成してみた

あのときの、鬼ヤンマの、空気を切る「ビュッ」という音は
今も耳に新鮮だ

コメント

ご両親には、訪ねたときなど、大変良くしていただいたことを、思い出します。
ここにお礼を申し上げると共に、御冥福をお祈りします。
それにしても、まるで寺田寅彦だねえ。
やはり、モリタの眼は自然科学者の眼だね。

posted: HiroshI Iwamoto
October 23, 2008 07:17 PM

寒月君には遠く及びませんが
岩波文庫の『寺田寅彦随筆集』(全五巻)は
断然お勧めです ご一読あれ

posted: ssm
October 25, 2008 03:10 PM




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