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◆イギリスの侍 (つづき)

「エ~ッ」も「あー」もなく
全くいきなりの話があれよあれよという間に
頭の上で纏まっていった

ああもう、なるようになるかぁ

とは思ったものの
気になることがあった

防具の臭いだ! どうしよう?

自分のだったらまだしも、
他人の防具でしかも西洋人のだったら尚のこと
まさに「オーマイガー!」ではないのか
と、正直恐れた

ところが、です

クヌッセンさんご夫婦から手渡たされた防具は
手入れに露程の抜かりもなく
なんと黴臭くもない
袴など、並みの日本人にはとてもできないほど
折り目正しく皺ひとつなく
稽古着もいいヨレ具合で
寧ろ風格さえ感じられるくらいだった

でき過ぎだ

もう、躊躇う理由など何処にもなく
あっという間に車に乗せられてしまったのである

嗚呼、なんか剣道を始めた中学時代を思い出すなあ
顧問の先生も熱い人だったなあ、どこかクヌッセンさんに風貌が似てるし
温厚で物静かな物理の先生だったっけ
剣道の盛んな十津川郷で鍛えたその腕を頼んで
剣道部の顧問になってもらったけど
根っからの剣道好きで
防具を着けた途端に人が変わって
超攻撃的モードになるのがとてもシュールで不思議な
恐いけど優しい先生だったなぁ

てなことを呑気に夢想している間に車はブライトン市街に着いてしまった

道場は街中の煉瓦造りの倉庫を改造したもので
試合をするにはちょっと幅が足りなかったけどとても綺麗で
中津の吹き曝し道場よりは遥かに立派だった

中に入ると
既に門下生は集まって来ていて
皆稽古着に着替えていた

最近は、天神祭でも
実にさりげなく浴衣を着こなしている外国人を見かけることがあるが
これなどは文化の浸透密度がもの凄い勢いで進んでいる所為だろう
少し前なら日本人でないと分からなかった文化風土が
たとえばマンガやアニメなどの形で
ネットを通じて世界中でほぼ同時的に共有されているのである
この力は大きい

今更、攻殻機動隊の草薙素子ではないが
「ネットの世界は広大だわ」なのである

だからネットも発達していないこの当時
彼らが普通に稽古着を着て普通に防具を身に着けているのを見て
ぼくはとても驚いたのだった

クヌッセンさんご夫婦の横に座らされたぼくは
風格ある稽古着の所為もあって皆の注目の的だった
その目は本物のサムライを見つめるような目だった

タハハ、参ったなあ

ぼくは師範じゃないんだけど
と思っていたが
掛かり稽古になれば
我勝ちにぼくの前に並んで稽古を望んでくる

よし!
日本人の真のサムライ魂見せてやるか!
と勢い込んでガンガン飛ばした

が、飛ばし過ぎました

ものの10分もすると息が乱れ
その5分後には息が上がり
30分過ぎには既に失速状態で
足さばきもおぼつかなくなってしまい
なんとも情けない有様

最後はクヌッセンさんに
助け船を出してもらって
漸く体を休めることができた

それでも
剣道で流した汗はとても気持ち良く
イギリスで剣道なんて
なんとも不思議で爽快な体験だった

最後に稽古をした全員と挨拶を交わしシャワーを浴びて
皆と別れてルイスに戻ってパブに繰り出し
飲んだビールが最高に美味かった
けど、酔いつぶれたのかそのあとの記憶が今もはっきりしない

翌日は、普通に日本茶が出てきて驚かされ
そのあとホワイトクリフ(白い崖)を見につれていってもらった

これは絶対に見たかった風景だ

緑の絨毯のように柔らかな丘が突然断絶して
白い牙のような崖となりドーバー海峡を臨む
その落差が厳しくも美しい
何故か夢の中でよく見る風景でもあった

お昼には味噌汁が出てきてまたびっくり

あまりにも色々あった二日間なのに
日記を読み返してみると実にあっさり
そっけないのには驚いた

奥さんに別れを告げ
クヌッセンさんに駅まで送ってもらい
初めて出逢った場所からぼくは再びロンドンに戻った
イギリスの侍との別れだった

そして、遂にこの国を離れるときが来た
次はパリだ

当時は今みたいなトンネルがないからTGVも走っていないので
ロンドンからパリへはバスに乗りフェリーでドーバーを渡った
バスの中でパリ出身のかわいい女の子と知り合い
呑んだり喋ったり楽しい時間を過ごした

あんまり楽しかったので、気が付いたらそこがパリだった。

コメント

この<つづき>待ってたんです。

防具の臭い! わかります!
子供が9年、剣道をやってましたから。
(この地域は武道がさかんで、男の子は学校にあがると
地域の空手、少林寺、剣道などの教室に多くが通います)
試合や昇級審査会についていくと
若い方年配の方を問わず、防具を着けて竹刀をもつとガラっと雰囲気が変わり
凛として空気まで変わるのを何度も見ました。

少し前にNHK「スローなバスの旅」で大和八木駅から和歌山の新宮までを路線バス
で走る旅番組を見ました。
深い山間や、美しい川沿いを走っていくと『十津川村』があり、
全寮制で何度も剣道で全国優勝をした強豪校があるのですね。
温泉もあり美しい所なので夫と「行ってみようか」と話していた所です。
昔から剣道の盛んな所だったのですね。

ICARUSさん 日本代表(?)としての稽古、大変でしたね。
そりゃイギリスで日本人が胴着と防具をつけて座れば
もうメチャメチャ注目され期待されるでしょう
「きっと強いんだ」と。

フランスの美女!
きっと、デレデレ顔してたんだろうな。
フランス編も楽しみです。
ところで前から思っていたのですが
北欧やイギリスのスケッチって無いのですか?

posted: pukupuku
October 21, 2008 12:11 PM

確かにデレデレでした。

ところで、密教的空間といってもいいのかな
十津川はいいところです
是非訪れてください。

また、ご推察のとおり北欧やイギリスのスケッチはありません。
このあとスペインのグラナダに行ってから
本格的に人目も気にせずスケッチをするようになりました。

posted: ssm
October 22, 2008 10:34 AM




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