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◆谷町界隈

その店は本町通ちょっと入ったところにあった。
店の構えは普通の木造の住宅で、
看板も探さないとわからないくらい小さく
店主の名前を冠した「欧風料理○○」と書いたのが
ぽつんとあるだけだった。

事実最初は気付かなかった。
でもお昼の時間になるとそこは行列ができるのだった。
ある日、友人が訪ねて来たとき
「ちょっとおもしろそうだから」と一緒に並んでみた。
小さい店の中は、表以上に愛想がなく
タイルさえ貼っていないモルタル鏝摺りの床に色褪せた壁・天井、
何の変哲のないパイプテーブルにパイプ椅子。
しかもメニューは、ビフカツとステーキだけ(オムライスもあったかな)。
厨房の向こうから聞こえる店主の頑固そうな声。
接客するのは奥さんで、これがまた飛び切りの美人。
そして頼んだビフカツは
もう最高だった。
これこそ「やばい!」というやつだ。
肉、ころも、ソース、どれをとっても完璧だった。
職人気質の腕一本と店を仕切る美人の奥さん、
これは流行る店の定石だ。
ある日の事、ぼくのうしろから入ってきた
会社の偉いさんと部下の女性社員と思しき3人組。
えらそうな上司が、如何にも馴染みといった感じで
「ぼくはビフカツ、ワン・アンド・ハーフ(一枚半)」、と言った途端に
厨房から店主の怒なり声が飛んで来た。
「うちにそんなメニューはない!帰ってもらえ!」
通うのを楽しみにしていた店だけど
バブルのピークのころ
地上げにあって売ったのだろう、残念なことに閉店してしまった。
店と一緒に大切な何かがなくなった気がした。

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