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◆ヘルシンキ

日本を出て3日目
ようやく最初の目的地ヘルシンキに着いた
朝8時、海から見るヘルシンキの町は白く輝いていた
何と遠くまで来たものだ

ぼくはまずヘルシンキ中央駅に向かった
この駅はエリエール・サーリネンの設計で
内部はアーチに包まれた巨大は空間になっている
その構成要素がそのままファサードのデザインになっているのだが
一直線に伸びた庇も格好良く実に明快で威厳がある

駅舎部分には宿泊施設やシャワー郵便局・銀行などが完備されていて
ちょっとした国際ホテルの雰囲気だ
ヘルシンキにいる間に何度も遊びに行ったが
この雄大な空間に車軸の大きなモスクワからの列車が入って来たときは
妙な感動を覚えたものである
このときはまだソ連は崩壊していなかったのだ

駅に荷物を預け地図を買って街に出た
ホテルの予約を済ませて市内を散策してみた
まず驚いたのは銅製や真鍮製の扉が多かったことだ
ステンレスの鏡面などはとても少なかった
銅や真鍮は木と良く馴染むのだ
看板も控えめで1階レベルで処理されているし電信柱もないから
日本やアジアの都市の猥雑な都市風景とは全く異なる景観だった

足を伸ばして街の丘の中腹にある岩の教会TEMPPELIAUKIOに行った
これは大きな岩盤を爆破して穿った穴を使った教会で
壁は岩と砕石を積んだ部分、それとコンクリート打放しで構成されていて
銅版を巻いた見付の細い梁材が放射状に展開する天井が
空中に浮くかのように岩盤の壁面との間に隙間を空けてサイドライトを取り込んでいた
家具も空間も質素で品があった

今度は海の方に降りてアアルトが設計したフィンランディア・シティーホールに向かった
彼独特の、空間に豊かな表情と深みを与えてくれる“破調”を直に観ることができて
とても嬉しかった
ミースはちょっと別だけど、コルビュジエやアアルトの建築の中には
ある音楽的な破調があってそれが全体のハーモニーに緊張感を与えている
そしてこの“破調”が今後のデザインに繋がるのではないか、と当時から思っていた
だから北を目差したのだけれど、、、、、

翌日は日本大使館に行ってフィンランド建築家協会の住所を教えてもらった
当初は、いきなり訪問して、と思っていたのだけど
この数日間で自分の英語力の無さに腰が引けてしまい
場所だけ確認してタピオラなど訪れて時間を過ごした
それからホテルに帰ってレポートを書いてそれを英訳してそれを完璧に覚えて
建築家協会に行くことにした
主旨は、この国で建築デザインの実務経験を積みたいので
そのような希望を受け入れてくれる設計事務所を紹介してほしい、ということだった

ネクタイを締め靴を履き背広を着て出かけた
協会は丁寧に応接してくれた、がぼくの英語がいけなかった
思っていることの半分も伝わらない あせった
脇の下は汗びっしょり、説明が上手く伝わらない
どんどん焦ってどんどん訳がわからなくなりとうとう
ヘルシンキの設計事務所で働いている日本人を紹介してくれ
みたいなことになってしまった
当初の主旨目的とは全然違うけど
とにかく紹介してもらった日本人に会って話を聞いてみれば
また何か活路も見出せるだろうと思うことにした

協会が紹介してくれたのは4人だったが、連絡がつくのは二人だけだった
ひとりは設計事務所に勤めるTさん
もうひとりは市役所の都市計画課で働いていたYさんだった
其々に時間を空けてもらって会い
仕事場を見せてもらい実務の違いなどを教えてもらったりしながら話を聞いたが
結論は「他国はともかく社会保障制度の高いこの国での就労は極めて困難」
ということだった
Tさんは「イタリアやスペインなら可能ではないか」とも言ったが
ぼくは何処でも良いと思っていた訳ではないし「もぐり」で働くつもりもなかった
いきなり大きな壁にぶつかってしまった
社会制度の壁では問題が大きすぎる
余程の理解者・支援者がいないと時間もかかるだろう
そんなツテも人脈もないぼくは途方にくれてしまった

失意の内に訪れたシベリウス博物館はぼくを慰めてくれた
中央のダウンフロアーにコンサートホールを配し
回廊形式で並ぶ展示台と窓の関係がシンプルに、しかしバランス良く構成されていた
コーナーからの外景の取り込みが借景となっていて上手かった

もう少し当たれば、もう少し時間をかければ何とかなったかもしれない
Yさんもそうすることを勧めてくれたが
このときのぼくには何故かそんな心の余裕はなかった
ぼくはヘルシンキを離れることにした

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