cafe ICARUS

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22 05 06

黒アゲハ

そのビルは本体とエレベーター階段部分が離れて
渡り廊下で繋がっている形式だった。
朝、ぼくは雨模様の空を気にしながらエレベーターホールに向かった。
ふと目の端に見慣れない黒い物が入ってきた。
一瞬ドキッとしたが、良く見るとそれは羽根を広げた黒アゲハで
渡り廊下の手摺の腰壁に止まっているのだった。


都会ではめずらしいなあと思いつつ
暫く自然の造形の妙を楽しんだ。
でも待てよ、このあたりじゃ虫の嫌いな人も多いから若し見つかったら
蛾か何かと間違えられて殺されるかもしれない。
助けてやろう。
鱗粉を傷付けないように羽根には触らず
胴の方から足の方へ慎重に指を持っていった。
黒アゲハの止まった指を手摺の向こうの空中に差し出した。
その瞬間、黒アゲハはビルの下から吹き上げる風に乗って優雅に上昇していった。
何だかとてもいい気分になってぼくは颯爽とエレベーターに乗り込んだ。
でも、外に出てとんでもないことに気がついた。
空は風も強く荒れ模様だったのだ。
黒アゲハはあそこに迷い込んだのではなく
実は雨風を避けて避難していたのではないのか。
だから、ロールシャッハテストの図みたいに
べったり羽根を広げていたのではないか。
そう考えてみると先程の爽やかな気分も何処へやら
雨も強くなりそうな気配だし
力尽きて地面に落ちる前にせめて近くの公園の木の葉の下にでも
辿り着いてくれと祈りつつぼくは電車に飛び乗った。
やがて車窓から、灰色の空に久しぶりに陽のひかりが差込んできて
青空がのぞき始めたのを見て、ぼくの心は少し落ち着いた。
何が良くて何が悪いのか
物事の側面は黒アゲハのように一色という訳には行かないものだと感じ入った。

posted susumu
01:42 AM | comment(1)