cafe ICARUS

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01 02 10

モン・サン・ミシェルへ

ロンドン、そしてパリ。何だか大都市に居過ぎたみたいで疲れた。
とにかくユーレイルパスとトーマスクックの時刻表を買って
ヨーロッパ放浪開始。

居心地の良かったユースを後に北駅に向かった。
が、勢い込んで駅に着いたら何かがおかしい。
列車は全然動いていない。
駅には沢山の人があっちにうろうろ、こっちにうろうろ。
駅員に聞いても英語で答えてくれず何のことか分からない。
事故でもあったのだろうか、
と思っていたらアメリカ人の旅行者が
「今日から大々的なストライキみたいだよ」
と教えてくれて漸く事情が呑み込めた。
はぁ~、何というタイミングの悪さ。
もうガッカリ。
でも今更ユースに戻るのも面白くない。
後戻りは嫌だ!とにかく行けるところまで行ってやる。
あとはユースでも旅館でも探せばなんとかなるだろう。
そう思い直して西に向かう列車に乗った。

ぼくはこのときモン・サン・ミシェル(Mont Saint Michel)を目指していた。

1978年に世界遺産に登録されテレビのCMでも頻繁に使われているので
今では珍しい場所ではないけれど、
初めてこの風景を写真か何かで見たとき、ぼくは痺れてしまった。
というのも、島の足元から反時計回りに上昇して行くあの感じと造形が
大好きな絵のひとつ、ブリューゲルの『バベルの塔』に酷似していたからだ。
ぼくは、彼がこの風景をモチーフにしたのではないか、
とさえ思っている。勿論、そのような史実も記録もないのだけど。
彼がこの絵を描くに当たってコロッセオをモチーフにしたのは有名な話だけど、
モン・サン・ミシェルを、CMなどで良く使われるアングルよりもう少し右側の
海よりの方向から見てコロッセオを乗っければ、
などと妄想が暴走してしまう。
もうそれ以来、この目で見たくて見たくてたまらなかった。
此処は単なる名所ではない。聖地だ。
サンチャゴ・デ・コンポステーラの巡礼地のひとつでもある。

シーズンは外れてしまっているし条件は良くないけど
いや、その方が人も少なく寧ろ良いかもしれない。
とにかくあの風景が見たい。どうしても見たい。
その一心で西に向かった。
で、どうにかなると思って乗った列車も
ル・マン(Le Mans)を過ぎラヴァル(Laval)を越えて
レンヌ(Rennes)まで着いてストップ。
遂にストライキで動かない場所にまで来てしまった。

午後10時。

駅に泊まることも考えたけどイギリスでのこともあるし
やはりユースを探すことにして
バスのない夜道を、地図を片手にとぼとぼ歩いていたら
突然、若い連中で一杯の白い乗用車が賑やかに停まって
「どうしたんだい?」
「何?ユース探してる?」
「こんなことにユースなんてあったっけ?」
「えー、何処何処?」
「それなら何とかの何とかだわ。あそこよ。」
「分かる?」
「分かる!分かる!」
「おー、よし、じゃあ乗ってケー!」
フランス語なのでぼくにはさっぱりだけど
多分こんな感じの会話だったのだろう
バックパックごと車に放り込まれて
適当に迷ってユースに送り届けてくれた。
パリにいたときはこんな感じはなかったので驚いた。
というか新鮮だった。というより、とても嬉しかった。
ユースの人たちもまたとても親切だった。

翌日はストライキで列車は動かず
ぼくはこの町にもう一泊しなければならなかった。
でも、夢にまで見たモン・サン・ミシェルまであと少し。
明日にはこの目であの風景に会えるのだ。
胸が高鳴る。

そして、遂にその朝がきた!

動きだした列車に乗ってポントルソン(Pontorson)まで行って
ローカルバスに乗り換え、いざモン・サン・ミシェルへ。

うわー、尖塔だ!
目の前にあの風景が!

島全体が建物の集合体でその向こうは海、海、海。
いまは手前に駐車場があって、道で繋がれた岬みたいな状態だけど、
本当は満潮時には海に囲まれてしまう島なのだ。
(この道のせいで砂の堆積が増えてしまったようで、
現在は、駐車場を手前に控え、道を橋に代えて
「島」のイメージを取り戻そうという計画が進んでいるようだ。
是非そうしてほしい)

近づくにつれて、その不思議の造形に目を見張る。
小さな公園や旅館らしきものが見える。
樹木もある。
それらが絶妙のバランスで美しい音楽を奏でている。
とうとう門のところまできた。
全体が左巻きに上がって行く感じがはっきりと分かる。
ああ、これはやっぱりブリューゲルの『バベルの塔』だ。
ぼくはいまブリューゲルの絵の中にいる。
細密に描かれたあの絵の写真を虫眼鏡で見ていた自分をふと思い出す。
思わずその絵の中に自分を発見したみたいな奇妙な感覚。

門をくぐった。
おお、右手に徐々に上って行く階段が。
両サイドは金毘羅さんの参道のように土産物屋が軒を連ねる。
住宅は勿論レストランやホテルもあるし郵便局もある。
見上げたら教会堂の壁が遥かに高く遠く、その威容は何処にいても見える。
あちこちに階段があって、何処に通じているのか分からない。
何の理由であるのか分からない階段もあってまるで迷路だ。
板葺きの石灰色化した屋根が美しく石の壁にマッチする。
楽しい。
レストランの向こうに海がみえる。視線の抜ける感じがすごい。
どんどん左巻きに上がっていって、教会の入口に着いた。
島の他の建物に比して桁外れに大きいそのヴォリュームに圧倒される。
その一方で回廊の繊細な柱が見事な対比を成している。
島の中の階段という階段を、あっちに歩いてみたりこっちに歩いてみたり
遠間に見えた公園に行ってみたり海を眺めたり
あっという間に時間が過ぎていった。

下に降りて門を出て駐車場の手前にある草原で寝転んだ。
そして、改めてモン・サン・ミシェルの姿を見る。
やっぱり美しい。
ぼくは、バッグの中から安物の赤ワインとバケットを取り出し
この素晴らしい風景に乾杯した。
少し肌寒い風を体に心地よく感じながら
持っていたニコラス・ペヴスナーの本の裏にスケッチを描いた。

ワインを空にしてすっかりいい気分になったぼくは
モン・サン・ミシェルに別れを告げ
駅に向かうバスに乗った。

posted susumu
12:17 AM | comment(5)