cafe ICARUS

presented by susumulab

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30 03 10

カルヴァドス

午前零時前。

時刻表の改変とストライキの影響で思うように進めず、
トゥール(Tours)を目指していたぼくはカーン(Caen)で足止めをくらってしまった。

駅には人がパラパラ。
みんなストライキで乱れてしまった時刻表を眺めていた。
この時間じゃもうホテルも無理だし、まだ寒くないから駅で寝るか、
と思っていたらシェパードを連れた背の高い長髪の男性が話し掛けてきた。
「珍しいなあ。フランス人が向こうから英語で話し掛けてくるなんて」
と思いつつ事情を説明したら
「よかったら家に泊まれば?ここから近いし。今日家内は親戚の家だけどね。」
「こんな時間に人待ちでもないし大丈夫かな?」と一瞬思ったけど、
シェパードも人懐こく、何より彼の目に理知的なユーモアを感じたので
お言葉に甘えさせてもらうことにした。

名前は、ジャン・リュック。
あは、スター・トレックのジャン・リュック・ピカード艦長みたいな名前だね。
でもこれは1985年の話、ピカード艦長はまだTVに登場していない。

彼の家は駅から真っ直ぐに登った坂道の中腹にあった。
暗くて良く分からなかったけど緑が多く鬱蒼としている感じで、
家の中に入ると、ペットの匂いがしてきた。
犬のうんちだらけのセーヌ河畔を見てフランス人の異常な犬好きは
軽い幻滅と共に知っているけどこの家には驚いた。いや、驚嘆した。
犬が3匹、猫が5匹。おまけに鳩が200羽だって! ひゃー!!
何だ? このひと。

一息ついて、何をしている人かと聞いたら郵便局員だとか。
ぼくの友人にも「謎の郵便局員」がひとりいるけどちょっと変わってる。
郵便局員という職業には何か秘密があるのかな?
それはともかくとして、
先程はストライキで滞る郵便物の件で駅に来ていたとのこと。
サイドビジネスとしてミミズの養殖をしているらしい。
それも、土を耕すミミズの才能を高く評価してやっていることで、
環境や自然を語るその姿は何処か飄々としていて清々しい。
面白い人だ。ぼくの彼に対する直感は正しかった。

翌日、ストライキで休みだとのことで軽い朝食をとった後
彼はぼくをカーンの街の散歩に誘ってくれた。

あのオマハビーチを見たいとは思わなかったけど
ここはノルマンディー上陸作戦のあった場所だ。
戦災に遭わずに残った僅かな旧市街を訪れ青空市場を覗いたり
2階建てでロココスタイルの珍しいメリー・ゴーランドに出くわしたりした。
それからカーン大学に行って学食に入り安くて美味しいランチを食べた。
眺めもいい。
ここでは、沢山のジャン・リュックの友人と会ったけど
その多くがイランから来たとかポーランドからきたとかの留学生で
あまりにコスモポリタンな交遊関係に驚いた。
彼らしい。だから、ひょこっとぼくに声を掛けたのだろう。

長い昼休みのあと、ぼくたちは友人のピーターの車に乗って家に戻った。
シャワーを浴びて寛いでいると、
今夜はパーティをやろうということで夕方から彼の友達が集まってきた。
カーン大学ででもそうだったけど、彼の友人は実に様々でユニークな人が多い。
シボレーの自動車工場で働くオッチャンやワインやリンゴ畑を持つお兄ちゃんもいて
其々が其々の日本人体験談(大体おんなの話です)を話してくれるものだから
「へえ~」「ほー」「そんなバカな」「そうでもないですよ」とか
合いの手を入れるのが面白いやら疲れるやら。
酒を造っている兄ちゃんが持ってきてくれたカルヴァドスを呑んでいたら
(蔵出しとか言うし本場だからもうメチャメチャ旨かった、ので)
みんなが揃う前に出来上がってしまった。
晩餐にはいわしの酢漬けやタラとトマトの煮込み、それにサラダなどが出て
更に酒が進み、みんなでわいわいワイン3本、ブランディも数本空けたみたい。
デザートはお手製ストロベリーパイ。もう乾杯、いや完敗。
呑み過ぎました。
ぼくはお先に失礼して部屋に戻り寝ることにした。
微かに聞こえるパーティのざわめきが耳に心地よい。
窓の外は月の光に蒼く輝いている。
見上げると綺麗な満月だ。

「ありがとう。この幸せな夜を」
この日の日記にはそう書いてある。


ジャン・リュックは本当に親切で優しい人だった。
彼の、その率直で飾らない雰囲気が人や動物を集めるのだな。
みんな楽しそうだもん。
でも、この優しさに甘えていると別れがどんどん辛くなるから
「明日立てば?」という言葉を振り切りToursに向かうことにした。

街に出て、昼食はまたカーン大学の学食でとり、古城や大聖堂などを訪れた。
お茶を飲んでいるとき、彼がこんな話をしてくれた。

それは昨日呑んだカルヴァドスのことだった。

何故、リンゴで造ったあの酒を「カルヴァドス」と呼ぶか?
「カルヴァドス」とはノルマンディー地方の4つある地区のひとつの名前で
そこで採れるリンゴで造ったお酒にのみカルヴァドスと冠する訳だけど、
言われてみれば確かに「カルヴァドス」とは如何にもスパニッシュな名称だ。
フランス語の語感ではない。何故?と聞くと、
今は昔、アルマダの海戦でスペインの無敵艦隊がイギリスに破れ
そのうちの一隻がこの浜辺に流れ着いた。
乗組員の彼らは負けて祖国に帰るわけにも行かず、はじめは恐れられていたが、
地元の人の助けや交流もあってこの地に住むことになった。
やがて家族ができ、生活も落ち着いてきたとき
彼らは遠い故郷を想い出してりんごのブランディを作った。
それがこの「カルヴァドス」だった。
そして、それは彼らが乗っていた船の名前なのだとか。


小さい頃から、
世界中に其々の酒があるのがとても不思議だったけど
このときしみじみ想った。
「酒に歴史あり」だなあと。

酒好きの親父の背中を少し思い出した。

posted susumu
05:51 PM | comment(0)

16 03 10

等伯とカラヴァッジョ

「没後400年特別展覧会 長谷川等伯」展が待ち遠しい。
『松林図屏風』はもう絵を超えた何かだと思う。
そして、「没後400年」とくればもうひとり
同じ年に亡くなったカラヴァッジョの映画も上映されている。
国こそ違え彼らは同時代を生きていたのだと思うとこちらまで興奮してしまう。
なにしろ、ぼくらは同時に彼らの作品に触れることができるのだから。

posted susumu
11:10 PM | comment(6)

11 03 10

東京オペラ三昧

先日、設計した東京のギャラリーTOoPを1年ぶりに訪ねた。
あの空間で繰り広げられる吉岡俊直のインスターレーションを
是非観たかったのとギャラリーの今を見かったからだ。

もちろん東京見物がしっかり楽しめるように日程は一泊にして、
見たいものや行きたい場所を予めチェックしてのお上りさんモード。
初日は、その日から始まる第2回恵比寿映像祭をちょっと覗いて
それから広尾のギャラリーに出向き、
あとは夜の町に繰り出すという予定だった。
恵比寿映像祭のプログラムの詳細はネットではよく分からず
好奇心だけで出向いてみたら、4時から始まる映画が
ゴダールの『あるカタストロフ』と
坂本龍一+高谷史郎の『LIFE-invisible,inaudible….』。
おまけに、映画のあとには坂本龍一と高谷史郎両者の対談があるとか。
TOoPに行く時間は少し遅くなるけどこちらも面白そうなので
チケットを買い、上映までの30分あまりの時間で
地下1階から地上3階までを会場とするインスタレーションを駆け足で観た。

4時には会場は満杯になりやや遅れて上映。
『あるカタストロフ』、それはゴダールが過去の映画のシーンを使って編集した
上映時間1分の短い映画だった。「う~ん」と自分の未消化に唸っている間に、
今度は『LIFE-invisible,inaudible….』が。
独特な透明感と不透明感を感じる映像、とその背後で流れるノイズのような音。
映像も音も抽象と具象を自在に行き来する。
どんどん引き込まれて遥か彼方まで連れて行かれる、
『2001年』のボーマン船長のような気分になった。
とても不思議な感覚だ。
終わったときはまさに地上に帰還した感じがした。
凄い。

あとの対談にも後ろ髪を引かれたがこれ以上は遅くなれないので
タクシーに乗ってギャラリーに向かう。

山王ホテルの前で降りて信号を渡る。
懐かしい風景だ。隣のビルは今も工事中だ。
少しドキドキしながらエレベーターのボタンを押す。
着いた。1年ぶりのTOoP。
照明を落とした中で繰り広げられる吉岡俊直の映像世界。
2年近く前、このギャラリーのオーナーに教えられて観たのが最初だった。
緻密に計算され溶けて行く空間の一部。
何処かズブグリュー・リプチンスキーに通ずるシュールなユーモア。
畳にぶちまけた、かに見える色の数々が美しい。

暫くいて、余韻に浸りながらギャラリーを出た。
すっかりモダンになったフランス大使館を横目に広尾の駅に向かう。
ホテルにチェックインして身軽になって友と合流し
さあ、今度は東京の夜だ。

金曜日だから何処もかしこも人人人。活気がある。
腹ごしらえをして、行くならやっぱり1年ぶりの『三文オペラ』でしょう!
という訳で渋谷の道玄坂を目指す。
その日は、たまたま1年前に初めてお邪魔したときのお店のメンバーが
そっくりそのままおられてびっくり。みんなが覚えてくれてこれまたびっくり。
お店の中は満杯の大盛況。
数日前に引いた風邪でいまいち調子がでないがそこは勢いで騒いじゃう。

カウンターの斜め前にひとりで来ていたお客さんの桑田風の歌い方が上手い。
聞けば、その日が『三文オペラ』デビューだというタムラさん。
「素顔のままで」桑田風をリクエストしたら素晴らしい熱唱に大拍手。
斯くして東京の夜は更け、
ぼくたちは更なる夜の街になだれ込んでいったのだった。

朝、フロントの電話に叩き起こされた。
えっ、もうチェックアウトの時間過ぎてる?
まだ、ギンギンに酒が残っている。顔が赤い。
とりあえず身支度をしてチェックアウト。
ロビーで昨日コンビニで買ったサンドウィッチとコーヒーを流し込み
ホテルを出る。

まずは上野公園内にある東京国立博物館の法隆寺宝物館に行った。
谷口吉生設計の徹底したミニマルな空間構成が清廉で美しい。
ディテールは最早定番の観がある。

やや脱水症状気味の体を引きずりながら『伊豆栄』に向かい
冷たいビールとうな重を頂戴する。

気分もしゃきっとした。今度は東京オペラシティーだ。
セシル・バルモンドの「エレメント」とICCでの「可能世界 空間論」を観る。
彼の存在は、彼の著書で磯崎新訳の「9」が最初だった。
とてもユニークな本で、彼には数字が抽象的な記号ではなく
色や匂いを伴う生き物として見えているのが如実に分かる。
彼の構造解析のプロセスも、一見アクロバッティックに見えても
彼の目には力の流れがはっきりと見えているかのようだ。
コンピュータに頼ってはいない。明快なイメージを持っている。

会場に設営された「H-edge」はそれを具現していた。

「可能世界 空間論」は、CGなどが産みだす映像の世界と人間の
インタラクティヴな関係をテーマに体験型の展示が
セシル・バルモンドのそれと比べて何処か対極にあるような感じがして面白かった。

ロビーのカフェでアイスティーを飲みながら、
ライブラリーの本をパラパラめくっていたら 突然昨日観た『LIFE』の写真が!
読んでみると、1999年初演のオペラ「LIFE」が端緒になって
『LIFE-invisible,inaudible….』が生まれ、
2007年にはこの場所でそのインスタレーションをやっていたのだ!
これは観たかった。

そのときのパンフレット本を買って充実の時間に感謝しつつ東京駅に向かった。
駅弁とビールを手に新幹線に乗り込んでふと思った。

オペラ「LIFE」、三文オペラ、東京オペラシティ
オオ、何とオペラ三昧なこの二日間だったことよ。

posted susumu
11:44 PM | comment(0)