cafe ICARUS

presented by susumulab

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02 02 12

哀愁のアイルランド

僅か1週間程度の短い間だったのに心に深く残る
思わず「哀流島」と字を当てたくなるような
哀愁に満ちた風景と人々だった

ぼくはルアブールの港からアイルランドのロスレア行きのフェリーに乗った
出だしこそ快調だったもののイギリス海峡からケルト海に抜けたあたりで
エンジントラブルに見舞われ暫く漂流することになった
一体どうなることかと思ったけど
乗客は皆この事態に慣れているのか抑も興味がないのか
悠然としたもので騒ぐ者などひとりもいない
船の方でもカフェと映画館を無料開放して慣れた対応

それならビールでも頂戴しようかとカフェを覗いてみたら
もうみんなあちこちで飲んでいる
寧ろこの状況を楽しんでいるみたいだ
直ぐそこのテーブルでは3人組が
カードゲームをしながら次々とビールを飲み干し
その空き缶でピラミッドを作っている
聞けばノルウェー人だという
いやはや流石はバイキングのお国柄 やることが違う

予定より17時間遅れてフェリーは朝の7時に漸くロスレア港に着いた
港から列車に乗り替え右手に海を見ながらダブリンを目指す
停車する駅名板には英語と共にアイルランド語が併記されている
風景はのどかな田園地帯が続く
ダブリン駅から市内のユースに真直ぐ向かいチェックインした
フロントマネジャーの彼女は小麦色の肌がとても印象的な美人で
おまけに愛想がよくてスマートなひとだから
誰からも慕われ愛されていた

ぼくはバックパックを部屋に置いてダブリンの町を散歩してみることにした
大きな都市だけど何処か人間的な優しさが漂う町だ
ダブリン城を訪れ美術館に行ってみたら「ムンク展」が開催されていた
再び通りに出てぶらぶらと町を彷徨う
ジェームス・ジョイスは『ユリシーズ』でこの町の一日の物語を描いている
ロンドンで見慣れたアンダーグラウンドのマークが目についた
ダブリンに地下鉄はないはずだけどなあ
と思い近づいてみるとパブだった 洒落てる

滞在中に北アイルランドにも行ってみたかったけど
当時はまだテロもあって治安も悪くダブリンより北上することは諦め
西海岸に小旅行してみることにした

列車は、氷河で削られたのか深い渓谷のようなところを抜けて行った
目的地スライゴ(sligo)駅で降りた
駅前は田舎町の駅前らしく特に何かあるわけもなく
北にマッコウ鯨のような姿の雄大な山(Ben Bulben)がその身を横たえている
まるでテーブルマウンテンだ
ぼくは車道をはずれて北に向かってとぼとぼと歩き始めた

320px-Strandhill2.jpg

小さな家と低い石垣で囲まれた畑が何処までも続いている
何もない鄙びた風景

時折出会う人々はぼくの顔を見ては不思議な仕草をする
警戒しているのではない
やさしい笑顔で首をほんの少し横に傾けるのだ
初めは冗談かなあと思ったけど出会う度にそんな仕草をされるので
恐らくは挨拶なのだろうと思いぼくもその仕草を真似てみた
そうすると何かを分かちあえたような不思議な笑みが
相手の顔にも自分の顔にも自然に浮かんでくるのが分かる

道の傍に木造の小さな教会があったのでちょっと寄ってみた
壊れかけのベンチに腰を下ろして風の匂いを嗅ぐ
空を見上げると箒雲がさわさわと漂っている
辺りは鳥の声がするだけでとても静かだ
あの山にはケルトの遺跡があるらしいけど徒歩ではとても無理だ
灰色に鈍く光る平べったい山頂をぼんやり眺めていた

もう少し歩いてみよう
厳しいけどやさしく雄大なこの風景にもう少し浸っていたい

冷たい風 乾いた大地、豊かではない風土
なのに飛び切りやさしいあの笑顔
いや、この風土だからこそあの笑顔が必要なのだろう
そして、この風土が不撓不屈のアイルランド魂を育み
数々の偉人を生んだのだと思う

太陽が西に傾き時々雲に隠れるようになった
その向こうは大西洋の荒海だ
鋭い光の帯が山肌に模様をつくる

大分歩いた
体が冷えてきた

この風景に別れを告げて
ぼくは駅に戻ることにした

posted susumu
02:34 AM | comment(4)