cafe ICARUS

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◆カルヴァドス

午前零時前。

時刻表の改変とストライキの影響で思うように進めず、
トゥール(Tours)を目指していたぼくはカーン(Caen)で足止めをくらってしまった。

駅には人がパラパラ。
みんなストライキで乱れてしまった時刻表を眺めていた。
この時間じゃもうホテルも無理だし、まだ寒くないから駅で寝るか、
と思っていたらシェパードを連れた背の高い長髪の男性が話し掛けてきた。
「珍しいなあ。フランス人が向こうから英語で話し掛けてくるなんて」
と思いつつ事情を説明したら
「よかったら家に泊まれば?ここから近いし。今日家内は親戚の家だけどね。」
「こんな時間に人待ちでもないし大丈夫かな?」と一瞬思ったけど、
シェパードも人懐こく、何より彼の目に理知的なユーモアを感じたので
お言葉に甘えさせてもらうことにした。

名前は、ジャン・リュック。
あは、スター・トレックのジャン・リュック・ピカード艦長みたいな名前だね。
でもこれは1985年の話、ピカード艦長はまだTVに登場していない。

彼の家は駅から真っ直ぐに登った坂道の中腹にあった。
暗くて良く分からなかったけど緑が多く鬱蒼としている感じで、
家の中に入ると、ペットの匂いがしてきた。
犬のうんちだらけのセーヌ河畔を見てフランス人の異常な犬好きは
軽い幻滅と共に知っているけどこの家には驚いた。いや、驚嘆した。
犬が3匹、猫が5匹。おまけに鳩が200羽だって! ひゃー!!
何だ? このひと。

一息ついて、何をしている人かと聞いたら郵便局員だとか。
ぼくの友人にも「謎の郵便局員」がひとりいるけどちょっと変わってる。
郵便局員という職業には何か秘密があるのかな?
それはともかくとして、
先程はストライキで滞る郵便物の件で駅に来ていたとのこと。
サイドビジネスとしてミミズの養殖をしているらしい。
それも、土を耕すミミズの才能を高く評価してやっていることで、
環境や自然を語るその姿は何処か飄々としていて清々しい。
面白い人だ。ぼくの彼に対する直感は正しかった。

翌日、ストライキで休みだとのことで軽い朝食をとった後
彼はぼくをカーンの街の散歩に誘ってくれた。

あのオマハビーチを見たいとは思わなかったけど
ここはノルマンディー上陸作戦のあった場所だ。
戦災に遭わずに残った僅かな旧市街を訪れ青空市場を覗いたり
2階建てでロココスタイルの珍しいメリー・ゴーランドに出くわしたりした。
それからカーン大学に行って学食に入り安くて美味しいランチを食べた。
眺めもいい。
ここでは、沢山のジャン・リュックの友人と会ったけど
その多くがイランから来たとかポーランドからきたとかの留学生で
あまりにコスモポリタンな交遊関係に驚いた。
彼らしい。だから、ひょこっとぼくに声を掛けたのだろう。

長い昼休みのあと、ぼくたちは友人のピーターの車に乗って家に戻った。
シャワーを浴びて寛いでいると、
今夜はパーティをやろうということで夕方から彼の友達が集まってきた。
カーン大学ででもそうだったけど、彼の友人は実に様々でユニークな人が多い。
シボレーの自動車工場で働くオッチャンやワインやリンゴ畑を持つお兄ちゃんもいて
其々が其々の日本人体験談(大体おんなの話です)を話してくれるものだから
「へえ~」「ほー」「そんなバカな」「そうでもないですよ」とか
合いの手を入れるのが面白いやら疲れるやら。
酒を造っている兄ちゃんが持ってきてくれたカルヴァドスを呑んでいたら
(蔵出しとか言うし本場だからもうメチャメチャ旨かった、ので)
みんなが揃う前に出来上がってしまった。
晩餐にはいわしの酢漬けやタラとトマトの煮込み、それにサラダなどが出て
更に酒が進み、みんなでわいわいワイン3本、ブランディも数本空けたみたい。
デザートはお手製ストロベリーパイ。もう乾杯、いや完敗。
呑み過ぎました。
ぼくはお先に失礼して部屋に戻り寝ることにした。
微かに聞こえるパーティのざわめきが耳に心地よい。
窓の外は月の光に蒼く輝いている。
見上げると綺麗な満月だ。

「ありがとう。この幸せな夜を」
この日の日記にはそう書いてある。


ジャン・リュックは本当に親切で優しい人だった。
彼の、その率直で飾らない雰囲気が人や動物を集めるのだな。
みんな楽しそうだもん。
でも、この優しさに甘えていると別れがどんどん辛くなるから
「明日立てば?」という言葉を振り切りToursに向かうことにした。

街に出て、昼食はまたカーン大学の学食でとり、古城や大聖堂などを訪れた。
お茶を飲んでいるとき、彼がこんな話をしてくれた。

それは昨日呑んだカルヴァドスのことだった。

何故、リンゴで造ったあの酒を「カルヴァドス」と呼ぶか?
「カルヴァドス」とはノルマンディー地方の4つある地区のひとつの名前で
そこで採れるリンゴで造ったお酒にのみカルヴァドスと冠する訳だけど、
言われてみれば確かに「カルヴァドス」とは如何にもスパニッシュな名称だ。
フランス語の語感ではない。何故?と聞くと、
今は昔、アルマダの海戦でスペインの無敵艦隊がイギリスに破れ
そのうちの一隻がこの浜辺に流れ着いた。
乗組員の彼らは負けて祖国に帰るわけにも行かず、はじめは恐れられていたが、
地元の人の助けや交流もあってこの地に住むことになった。
やがて家族ができ、生活も落ち着いてきたとき
彼らは遠い故郷を想い出してりんごのブランディを作った。
それがこの「カルヴァドス」だった。
そして、それは彼らが乗っていた船の名前なのだとか。


小さい頃から、
世界中に其々の酒があるのがとても不思議だったけど
このときしみじみ想った。
「酒に歴史あり」だなあと。

酒好きの親父の背中を少し思い出した。

posted:susumu300310

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