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◆ランカスターで道草

昨夜は最悪だった。
寝ている間にシュラフ(寝袋)の端が濡れてきのだ。
体は冷たく、疲れているのに少ししか眠れなかった。
8時に起きて1時間後、朝方止んでいた雨がまた降り出した。

暫く歩いて大木(オークだろうか)の下で雨宿りをして待ったが
空は益々黒く低くなるばかりだ。
まいったなあ、もう湖水地方は諦めて駅に戻ってロンドンへ向かおうか
とも思ったけど
これはこれで夜の8時にロンドンに着くことになり宿探しに苦労しそうだ。
迷ったが、結局徒歩でアンブルサイド(Ambleside)を目差すことにした。

昨夜の疲れで体が思うように動かず休み休み歩いたけど
歩く程に雨足は強くなり最早本降りになってしまった。
雨を凌げる場所もなく、背中のシュラフも濡れてずっしりと重くなり
遂には着ている服の中まで水が染みてきた。
体温が奪われるのが分かる。寒い。

それでも、殆ど意地と惰性で歩きつづけて4時間後
漸くアンブルサイドに着いた。

倒れるように町の入口にあるユースホステルに飛び込もうとしたら
ぼくと同じびしょ濡れの二人組みが中から出てきて
“There is no room.”
「嗚呼、ここもかよ!」
重い体に鞭打ってインフォメーションセンターに向かったが、
着いたらなんと昼休み。

もう笑うしかない。

このまま待つのも何だか悔しいので
街中のB&Bを探しまくったがどれもこれも“NO VACANT”
「もうあかん、限界や」と思った、
その目の先に何と“VACANT”のサインが!!
尋ねると、シングルが一室空いている。
ほんとにたった一軒、たった一室。

奇跡だ。

やったあ!
今日はふわふわのベッドで寝られる、風呂だ、熱いシャワーだ。
ぼくは泥のように眠った。

翌朝、足の筋肉はまだ痛かったが体力は大分回復していた。
濡れた衣服やシュラフを乾かすためにももう一泊することにして
軽装で街に出た。
薄曇りだけど雨はない。

国道から外れて山道を隣町のグラスミア(Grasmere)に向かった。
昨日、ぼくは霧に霞む雄大なウィンダミア湖を右手に見ながら
でもずぶ濡れになりながら必死に歩いていたから
景色を楽しむ余裕など何処にもなかったけど
今は、軽く陽の差すのどかな湖水地方の風景を体一杯満喫している。

あまりにものどかで昨日のことが嘘のようだ。

やがて小さな湖がひとつ見えてきた。
その向こうには緩やかな稜線を持つ高い山が連なっている。
絵のような風景だ。

行き交う人が皆声を掛けてくる。

この美しい風景は大自然のそれではない。
産業革命はイギリスを発展させたが、国土は激しく荒廃した。
豊かな田園風景は人々の努力の結果大切に保存されてきたものだ。
それがこの湖水地方、ピーター・ラビットの故郷、ナショナルトラストの原点、
ラスキンや彼を受け継ぐウィリアム・モリスのアーツ&クラフト運動の
思想的起点になった場所でもある。

また別の大きな湖が見えてきた。グラスミア湖だ。
目的の町には歩き始めて三時間後に着いた。疲れはなかった。
帰りはルートを変えて国道A-591沿いを歩いた。

翌日はアンブサイドを離れKeswickからPenrithを経てCarlisleに向かった。
ここからロンドン行きの夜行列車に乗るつもりだった。
時間はかなりあるので街中散策。

ふと思いつき「ハドリアヌスの壁」を探してみたけど見つからなかった。
石積みの低い長城のはずだけどニューキャッスルからこの町まで120キロ余り
ローマ帝国の五賢帝の一人、ハドリアヌス帝が二世紀に造らせたものだ。
彼の時代にローマ帝国の版図は最大になる。
ハドリアヌスといえば、ヴィラ・アドリア―ナを造ったことでも有名な人物。
余談序でに、地図を見ると湖水地方は”Cumbria”と書いてあるけど
そうあの「カンブリア紀」のカンブリアです。
この地方で発見された約5億5千万年ぐらい前の地層に由来している。

夜九時ごろ、カーライル駅で手持ち無沙汰にぽつんと待っていたら、
ひとりの男性が語りかけてきた。
スリランカ出身のエディという60歳の看護士さんだった。
どうやらランカスター行きの電車に乗り遅れたらしい。
サンドウィッチなどもらって喋っているうち
彼を心配した友人のマークさんとそのお母さんが迎えにきた。
「よかったら家にこないか」と誘われ「それもいいか」と思い予定変更
ランカスターの町に行くことにした。

翌日はランカスターの市街をエディさんと見て回った。
夕方にはマークさんの友人で学習院大学で講師をしていたという
スタンレーという人も加わり本格的なスリランカ料理をご馳走になった。
いろんな話をした。建築のことや日本のこと、ヘルシンキでのことなど。
彼らは親身に聞き、ぼくを元気付け勇気を与えてくれた。

そして深夜、ぼくはランカスターの駅から再びロンドンを目差すことにした。
夜の駅は危ないから、と三人が見送りにきてくれた。

見知らぬ町に立ち寄り、そこを離れるときにはもう手を振る相手がいる。
不思議なことだ。

扨、ロンドンには何があるのやら、モラトリアムの時間が流れてゆく。
ぼくの旅はまだ始まらない。

posted:susumu210108

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