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◆『面白半分』宮武外骨

面白半分(河出文庫)


あるとき「ミヤタケガイコツ」なる人物の話が話題になった。
「ガイコツ?骸骨?」
何処かで聞いたような気もするがよく分からない。
「誰ですかそれ?」と尋ねてみたら
明治時代の反骨のジャーナリストだとか。
その破天荒な生き方に魅了された。

大体名前からして変わっている。「ガイコツ」ときたもんだ。
「なかなかこの人の本は出てませんよ」ということだったが
たまたま入った本屋に置いてあったのがこの「面白半分」。
面白半分で買ってみたらこれが本当に面白かった。
記事内容は勿論、何より宮武外骨という人がメチャメチャ面白いのだ。
それも単なる奇人変人ではなく、膨大な知識と豊かな言動。
そればかりか権力に対して真っ向反骨する胆力がある。
おまけに旺盛な好奇心とユーモアの精神に多大な色気もある。
そんな眼で社会を見ていたらさぞかし面白かろう。
それをまた絶倫のエネルギーで様々なジャンルに渡る資料を駆使して
これまた数多くの新聞や雑誌にして刊行するからたまらない。
捕まったことも何度もある。猛者である。
潰した新聞雑誌も多数あるが、いちばん笑ったのが創刊即廃刊。
創刊の一冊で終わりなんてこの人いったい何をやってるんだか?
こんなことだから当然お金も続かない訳で、事業に失敗して台湾に逃げたり、
ほとぼりが冷めても東京に戻らず大阪で仕事を始めたり、
かなり場当たり的でいい加減な人物のような感じもするのだが、さにあらず。

宮武外骨の文章には、講談や落語を聞いているような独特の名調子がある。
読んでいてもなんだか露店で寅さんに講釈を聞かされているみたいで
テンポが良くて気持ちがいい。
そして、記事の切り口も多彩だ。
ときの政府を批判するのに一見検閲済みのOOOOOと伏字だらけの文章にしておき
その実、伏字を飛ばして読むとそのまま意味が通じてしまう構成など
赤塚不二夫のギャグ漫画みたいにふざけていて完全に権力をバカにしている。
自分の姓が気に入らんとて廃姓広告を出して、
これからは「宮武さん」と呼ばれても返事しません、と公言してみたり
遊女に挨拶がないのは何故かと薀蓄をたれたり
はたまた、鳩は平和の使者などでは更々なく、軍国主義者の奴隷であると説く。
そんな話が雨霰の如くあって、笑いながら読んでいるとあ~ら不思議、
当時の社会の姿や人々の息吹が手に取るように立体的に見えてくるではないか。
そして、
彼の心底に流れているのは人間への深い愛であることに気付かされるのである。

明治奇聞 (河出文庫)
このあと続いて『明治奇聞』を読んで、その思いを強くした。
この本では、文明開化で明治時代がどのように混乱し変化していったかを膨大な資料情報を収集して、様々な角度から整理して記事にしているのだが
生まれては廃れてゆく流行のなんと多くが
現代にも繰り返されているのかと
奇妙な既視感をもって感じてしまう。
中でも最も驚き感動したのが、
関東大震災後の状況を細かく書いていることだ。
それが阪神淡路大震災の状況にあまりにも酷似していて鳥肌が立つ。
彼のことだ、恐らく「後世のため」に必死に情報を集めて書いたのだろう。
この記事を参考に災害時復興対策マニュアルみたいなものを作成していれば
阪神淡路大震災のときには随分と役に立ったのではないか思うが
果たしてその気持ちは伝わっていたのだろうか。甚だ疑問である。

宮武外骨、その目は常に鋭く優しい。
今、こんなジャーナリストがいるだろうか。
明治の気骨は斯くも遠くなりにけり
ということか。

posted:susumu110709

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