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◆『記憶』-「創造」と「想起」の力-港 千尋

記憶―「創造」と「想起」の力 (講談社選書メチエ)




入試や資格試験、やたらと記憶力が要求される現代社会。
一見「記憶力=頭脳優秀」みたいな構図があるが果たしてそうだろうか?
記憶とは、案外動物的な機能ではないか。

著者の記憶に対するイメージはユニークだ。
人間の記憶とコンピュータの記憶は根本的に違う、とまず言う。
一瞬「えっ?」と思うがよく考えてみると、
確かにぼくたちの記憶は、理路整然と並ぶメモリーチップのようには
なっていないような気がする。
寧ろ、ことの強弱大小はあるにせよ
殆どの人は全体をぼんやりと覚えていたり芋蔓式に思い出したりするような
感じで記憶しているのではないか。
実際、その方が細かい情報を沢山覚えなくてもよい分脳にとっても楽なはずだ。

とここまで考えて、待てよ。
抑もメモリーチップのイメージは記録に対してであって
記憶に対してではない、ということに気付く。

つまり、人間の記憶という行為は
雑然と記録された情報の断片が神経細胞のネットワークを通じて
連続するイメージの映画や物語のような立体的なものに
再構築されることではないかと思う。

そしてその雑然とした情報を繋ぐネットワークの広がりの密度が
柔軟な発想や論理の飛躍を生み出す源泉となる。

そのような記憶力の発達は、同時に想像力を肥大化させ
それが危険回避や予防など未来の予測や先回りなどの行動を生み出し
ある人は形や物に執着したり、ある人は音や触覚に敏感であったり、
またある人は怯えや自信となって、人類の多様な行動を保証することになる。
これが結果的に、人類が様々な危機に見舞われながらも
こうしてしぶとく生き残ってきた大きな要因ではないだろうか。

コンピュータのように理路整然とした記憶回路でないからこそ
ユニークな発想が生まれるというのは逆説的で面白いが
しかし、これは他方である種の精神的な病理を内包することにもなる。

先日も、脳動脈瘤の手術がきっかけでそれまでなかった絵画の才能が
突然開花したイギリス人男性の話がニュースになっていたが
本の中では、事故で脳に障害を負った人の記憶や表現の劇的な変化や
サバーンと呼ばれる異常な記憶力を発揮する人々について詳しく取り上げて
精神と記憶の関係を探っている。

状況や印象によって大きく変化する記憶の度合いをみても分かるように
感情や感覚と記憶の間には密接な関係がある。
記憶が極めて動物的な行為ではないかという所以である。
交通事故で記憶野に深刻なダメージを受けた人が
家具職人として新しい道を歩こうと努力する話をTVで観たが
正に文字通り脳の代わりに「手で覚え」ようとしていたのが印象的だった。
単純に脳と身体を主従の関係では語れない、
それ程に身体は脳にとって重要な存在なのだ。

こうして身体と記憶のあり方を考えていると映画『メメント』を思い出す。
記憶は過去にあるのではなく過去の記録を繋ぎ合わせる現在的行為なのだ
というあの皮膚感覚である。

最近、映画などの人物の名前がさっぱり出てこないことがあるが
ニューロンがスカスカになっているのではないかとつい不安になることがある。
いっそ、天才バカボンのパパのように
『忘れようと思っても、思い出せないのだ!』
と言ってお茶を濁すか。

posted:susumu220609

コメント

「脳は奇跡を起こす」ノーマン・ドイジ著・竹迫仁子訳 講談社インターナショナル                   
ある書評から「大人になれば神経細胞の成長が止まり、あとは委縮していくのみ。あるいは脳は精密機械のように各部位で役割を担っているがゆえに、どこかが損傷すれば人は永遠にそこが司る機能を失ってしまうと考えられてきた。(中略)脳はパソコンのような機械というより 壮大なネットワークであり、思考と行動を変化させていくことができるというのだ。それは体を動かす運動能力はもとより、記憶力や学習能力、さらには性愛や情緒といった面まで変化をもたらしている。
著者は「神経可塑性」(神経シナプスの可塑性・伊久雄)に取り組む医師たちを追い、旧来の常識では考えられなかったような、麻痺や障害から回復した幾多の患者の例を検証していく。どうやら脳はどこかの機能を失っても別の部位でそれを補っていくことができるらしい。むろん可塑性ということは、思考や行動の如何によっては脳はプラスの方向ではなくマイナスの方向に動いてしまう厄介さも秘めている。
例:中毒性の薬物は1回服用しただけで、⊿フォースB(デルタフォースビー)というたんぱく質を生み出し、ニューロンに蓄積される。薬物を服用するたびに、⊿フォースBは蓄積され続けついには、遺伝的スイッチをオンにする。いったんスイッチが入ると、薬物をやめてからもずっと変化が持続することになる。脳のドーパミン系に回復不能な損傷が与えられる。
薬物以外にも蔗糖飲料の飲用は、⊿フォースBの蓄積につながり、ドーパミン系に同じような永続する変化が生じる。
恋:恋に落ちると脳神経調整物質である、オキシトシンが放出され、現存するニューロン結合を溶かして、その後大規模な変化が脳に生じる。(恋は盲目)このことは、人間に唯我論の溝を乗り越える機会を与えることである。(もしこの作用がなければ、高等生物たる人間が、結婚という一生に一回の大博打に打って出るわけなどありません。(伊久雄)
以上

posted: 伊久雄
June 23, 2009 12:08 AM




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