cafe ICARUS

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◆インセプション

メチャメチャしびれた。

今も滅茶苦茶興奮している。
やはりキューブリックの魂を継ぐのはこの人だ。

『メメント』で記憶と記録が目の前の現実に対し
如何に脆弱であるかを突き付け、
『バットマンビギンズ』で荒唐無稽なアメコミヒーローを
徹底的にリアルな人間として描いて見せ
『ダークナイト』のジョーカーをして
善と悪の境界の不確かさを厳しく問いかけた。
『バットマンビギンズ』の細部に拘るその執拗な姿勢は
何処かキューブリックを彷彿とさせ、『メメント』は
『現金に体を張れ』の刺激的な時間描写を想起させる。
そして、今、、、

『INCEPTION』を観終えてぼくは想う。
この映画は『2001:A SPACE ODYSSEY』へのオマージュとしての
『2010:A MIND ODYSSEY』ではないのかと。
奇妙な、それでいてとても深い感慨と感動を覚えた。

映画といえば今や3Dが当り前の時代なのに、
この映画は2Dでしかない。
CGは使われてはいるがその使われ方が他の映画とは違う。
CGを駆使することはない。頼ることもない。寧ろ避けている。
『2001』がそうであるように、「実在感」を撮っているから
空間としてのリアリティが、つまりは透明度が圧倒的に深い。
そのために膨大なお金を使っている。
そして、これは時の経過と共にその効果を発揮するだろう。

主人公コブは、夢泥棒というか夢盗み見屋というか、
睡眠中の人の脳に入り込んで(正確には自分たちの創った夢の世界に誘き寄せ)
大切なアイディアや情報を引き出すのが仕事だが、
あるミッションに失敗して逃げようとしたとき、
ターゲットだったサイトーから逆指名の形で、
“EXTRACTION(抜き取り)” ではなく”INCEPTION(開始=動機の植え付け)”
を依頼される。
“EXTRACTION”は「盗み見」するだけだから
ターゲットの心に傷がつくことはない。
しかし、“INCEPTION”は違う。
その情報をターゲットの心底深く潜在意識に刷り込むのだが
期待通りの結果が得られるとは限らない。いや、下手をすればその人物の人生を
とんでもない方向に変えてしまう可能性さえある危険な行為だ。
このリスキーな依頼の報酬としてサイトーが提示したものは
コブの傷ある過去の抹消だった。
そして、夢の中へのダイブが始まるのだが、、、、、

キューブリックより優れているものがクリストファー・ノーランにはある。
それは、彼の撮る映画は映画本来のエンターテイメント性を失わないということだ。
映画の芸術性だけではなく興行的にも成功できるのだ。
これは本当に凄いことだと思う。

『AI』を構想していたキューブリックは「(多分)売れない」ことを気にして
結局自分で撮ることを断念しスピルバーグにその夢を託すのだが、
―ぼくはキューブリックの『AI』が観たかった―
一時の興行で成功しなくても、作品の鮮度も質も遥かに高くそれ故に長く愛され
結果的には収益も上がり成功するのであればそれで良いではないか、
とも思うのだがキューブリックはそれが嫌だったんだね。
巨匠、なんかかわいい。

それはともかく、だからこの映画もメチャメチャ面白い訳で、
クリストファー・ノーランの描く夢の世界のアーキテクチャーが素晴らしい。
階層的に構築された夢の世界は極めてロジカルに構成されているから、
その意味ではシンプルな構造だ。
でも、その階層が総て繋がっていて段階的に下層の夢に影響を与え、
且つ時間の経過も深層に潜るに従って幾何級数的に速くなって行く中で
各階層の物語は同時に進行してゆく。
おまけに、主人公は心に問題を抱えているしターゲットはターゲットで、、、、

これらが絡まって映像になったら一体どういうことになるのか?

音楽は、おなじみのハンス・ジマー。
あのズンズン感がたまらないのだけど、今回は更にドンピシャ。
ゼラチンのプールで泳いでいるかのようなもどかしさと
怒涛のように迫ってくるタイムリミット。
その音楽も速くなったり遅くなったり、ユーモアがあったり仕掛けがあったり。

もう、映像といい音楽といい、まるで夢のようだ。
あっ、夢か?
知らないうちにこぶしを握っている自分がいる。

この感覚、是非映画館で味わってほしい。
いや、是非味わってください。


観終わったとき、ぼくは心の中で拍手喝采した。
これが、2時間半の映画だったなんてとても信じられない。

小さいとき、
ぼくは怖い夢から覚めるため実際に一度だけ「キック」したことがあるけど
みんなはやったことがあるのかな。

あれ?
グラスの水が、、、

まだ夢の中なのか?

posted:susumu110810

コメント

『INCEPTION』
新聞の映画評を読み 是非見たい作品の一つです。
楽しみにしています。

posted: 今西 伊久雄
August 17, 2010 11:53 PM

めちゃめちゃ面白かった!
でも何という複雑なストーリー、ややこしい設定
一回では到底理解できませんでした。
ICARUSさんの文章を読んでいたから全体像は何となく掴めました。


先日、吹き替え版を観てもまだ分からないことがあるのです。
この映画をちゃんと理解する為にも教えていただけると助かります。

要所要所に出てくるコブとモルの流れがまだちゃんと分かってません。
コブの愛妻・モルが自ら命を絶ったのは
現実にいるのにモルの中ではまだ夢の中だと
思い込んでいて、現実に戻る為の自殺ですよね?
でもコブがモルに『インセプション』した方法が
どういう事なのか分からない。
これがひとつ。

怒涛のタイムリミットに向かう時はものすごかったですね。
サイトーとコブ以外は下層から段階的に戻って来て、
サイトーとコブは『虚無』から一気に
現実へと戻ったってことでいいのですか?
これが二つ目。

そして最後はやっぱり分からない。

どっちなんだーーーーー?!

わたし的には『現実』だと思いたいなあ。


いや~しかし、よくこんなストーリーを映像化できましたよね。
夢の背景を『設計』したアリアドネは
ギリシャ神話の中では『イカロス』と繋がりが有ったのですね。
モル役のマリオン・コティヤールはピアフを演じていましたが
ピアフの曲がキックの合図。
ここまでは自力で気が付きましたが
このピアフの曲が夢の階層の
時間の流れに合わせてあったことを番組の解説者がお節介にもバラしていました。
そうそう、
出てくる『絵画』にも何か意味があったらしいのですが
ご存知でしたら教えてください。

因みに私は『キック』は多分したことないですが
小さい頃から高熱が出た時、寝て見ている風景(部屋の中)のスケールが
うんと小さく感じるのです。(今でもです)
自分がガリバーになったような気分。
これ、夢なのかどうか・・・


posted: pukupuku
June 23, 2011 02:20 PM

ぼくは高熱のときは幾何学模様の展開の連続です。

扨、以下ネタばれありです。あくまでもぼくの解釈ですが。
上層では僅かな時間の経過も
より深層の夢の世界では何年にも渡たり
そこで思いのままに世界を構築し暮らすコブとモルにとって
現実と夢の区別がどんどん曖昧になって行きます。
一方、現実に戻る手掛りは小さなトーテムしかありません。
モルは現実の世界より夢の世界にリアリティと存在感を感じるようになり
いや、どちらが現実かではなくより現実感のある世界で生きようとして
トーテムを封印してしまいます。
コブはその彼女を真の現実の世界に引き戻すために
彼女が隠したトーテムを探し出し手に取り
彼女が現実に戻る手掛りのイメージを獲得します。
(回りつづけるコマを金庫に戻すのはそこが夢の世界である証、だと思います)
そしてより深い意識の深層に(それと悟られずに)彼女を誘い
彼女の意識に「現実感に疑問を抱く」というアイディアを
植え付け(インセプション)たのでしょう。
見事に成功してモルは真の現実の世界に戻るのですが
悲しいことにこの意識は現実の世界でも作用し
彼女を常に現実感に疑念を抱くという堂々巡りに陥れてしまいます。
助けたはずの彼女の心が救われることがなかったのです。
悲し過ぎます。
老夫婦が手を繋いで歩くシーンこそは
彼女が理想とした「現実の世界」だったのでしょう。

絵の件は残念ながら分かりません。

最後のシーンは意見の分かれるところです。
また、監督もその部分をどちらにも解釈できるように
慎重に撮っています。
この映画全体をトートロジー(堂々巡り)と捉える
壮大な解釈もあるかと思うのですが、
ぼく自身はどちらでも良いと思っています。
裏と表、地と図、善と悪、そして夢と現実
一体どっちが真実?どっちもでしょう。

最後に、こんな音響の仕掛けもあります。
http://www.youtube.com/watch?v=UVkQ0C4qDvM
鳥肌立ててください。
できれば可能な限り音量を上げて観たい映画ですね。

posted: susumu
June 25, 2011 03:05 PM

ひとつ忘れていました。
サイトーとコブはリンボウの一歩手前から
一気に現実世界に戻るのではありません。
虚無に近い最深層の世界では一生を終える程の時間も
上層では0.1秒にも満たない僅かな時間です。
彼らはジャンプすることなく
崩落寸前の冬の要塞で覚醒し
と同時に激突寸前の自由落下のエレベーターで目覚め
沈みゆくユセフのバンの中で覚醒したのです。
おっと、まだあった。
それから最後にアメリカに向かう飛行機の機内で覚醒するのです。
もう息継ぐ暇もない。
あかん。
鼓膜破れる程ボリューム一杯に上げてもう一回観たくなってきました。

posted: susumu
June 25, 2011 07:15 PM

参考にさせてもらいもう一度観てみました。
胸につかえたままのぼやけていた
コブとモルのエピソードがよく解かりました。
仰るように悲しすぎますね。

最後のシーンの解釈について
『どちらでも良い』
『どちらも真実』
これは眼から鱗でした。
どちらに取ってもいいのですね。
そして、どちらも真実。
しかしどうしてICARUSさんはこんな深い解釈ができるのか、
そのことにも感動でした。

最後の覚醒するところですが
今回注意深く観ていて、コブとサイトーは
段階的に戻っていくシーンは無かったようですが
『段階的にしか戻れない』ということでいいのでしょうか?
他の人とほんの僅かのズレがあった、と。

YouTubeで聞いてみました。
そういうことだったのですね
鳥肌です。
たまたま再度観た翌日に『ダークナイト』の放映があり
これも観てしまい、再度唸ってしまいました。
今回、私の拙い質問に丁寧に解説してくださり
ありがとうございました。
大変参考になりました。

posted: pukupuku
July 2, 2011 05:06 PM

コブとサイトーの覚醒シーンがないのは重要です。
これによって最後のシーンの曖昧性が担保されるからです。
監督が意図的(「慎重」)にこのシーンをカットしている理由です。
『ダークナイト』でもジョーカーの最後の行方は分かりません。
そして、正義に潜む残酷な姿を暴き出し善と悪の曖昧さを問います。
ほんとにクリストファー・ノーランは凄いです。
『ブレードランナー』の続編というか新編があったら
もう絶対に彼に撮ってほしい。彼でないと嫌です。

posted: susumu
July 2, 2011 06:55 PM




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