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◆『燃えつきた地図』安部公房

燃えつきた地図 (新潮文庫)
新聞か何かに
「最近安部公房の本が全然売れない」
と書かれていて驚いた。
え~、まさかそんな。
日本を代表する作家として世界に知られ
西欧でも東欧でも読まれ
生きていれば、
当時の彼はノーベル文学賞にもっとも近い人だった。

彼の文章は、日本語独特の耽美的な表現を用いない。
他国の言語に変換しやすい単語と論理的な文章構成で不条理の世界を描いてゆく。
実際、彼の本は何十ヶ国語にも翻訳されて読まれている。
日本語表現としてその対極にあるのが恐らくは三島由紀夫であろう。
先日初めて、建築的な興味もあって『金閣寺』を手にしてみたが、
緻密に計算された構成に少なからず驚いた。
しかし、使われる言葉は、美しいが極めて日本的なもので
果たして、これがどの程度正確に外国語に翻訳されているのか疑問に思った。

安部公房の文章のもうひとつの特徴は、その比喩の巧みなことである。
その鋭い表現に接するとき、背景にある観察眼は
文学者というより科学者のそれではないかとさえ思ってしまう。
彼の書斎は日常で切り取った比喩のメモでいっぱいだったようだ。

『砂の女』『他人の顔』『箱男』『第四間氷期』『笑う月』『闖入者』
『棒になった男』『方舟さくら丸』など好きな作品を数え上げたら切りがない。

扨、『燃えつきた地図』は均質な団地のパースペクティブから始まる。
あたかもその人工的風景が失踪の原因であるかのように
埋没し喪われてゆく人間性を描くこの作品は何処か建築的だ。

ふと大友克洋の『童夢』を思い出す。

物語が不条理なのに描かれる世界のディテールが条理なのだ。
それが不条理の存在感を際立たせてリアルに見えてくるから恐い。

主人公は興信所に勤める探偵、
団地の前からぷっつりと姿を消した会社員を探すべくその妻から依頼を受ける。
調査に向かうが手掛りらしい手掛りが見つからず、思うように進まない。
依頼者もまた積極的に捜索を願っているようでもない。
そのうちにヤクザみたいな「弟」なる人物が現われて、
彼から見た義兄の失踪に纏わるきな臭い関係が浮かび上がる。
かに見えたのだが、
その手掛りも流砂のように曖昧で一向に形を成さない。
そうして失踪した男を捜すうちに、自らの所在を急速に喪ってゆく主人公。
自分とは何者で、その存在は何によって固定されるのか。
そして、それはどの程度確かなものなのか。
地図に示す座標も、基点がなければ何の意味もなく、
相対的な関係に過ぎない。不確かさだけが増大してゆく。


遠いマンションの、
均質に穿たれた窓の向こうに、
レモン色のカーテンがみえたらどうしよう。

posted:susumu231009

コメント

安部公房 懐かしいですね。高校生の頃から読みました。
他人の顔、箱男、第四間氷期、アバンギャルド、東大医学部出身者らしい、論理が構築された文章が大好きでした。
「泥棒猫」とは「泥棒的猫」なのか「猫的泥棒」が正解なのか? 比喩・暗喩・二律背反・ありとあらゆる論理の展開。
大学生の頃、滋賀県の膳所の小さな劇場で、安部公房劇団?の演劇を観賞しましたよ。
閑話休題。
母が血液の病気で倒れて入院したので先々週 奈良に帰省しました。11月にも奈良県立医大に転院する予定です。
その頃また帰省します。
毎晩11時から12時まで「病気平癒」の祈願を続ける今日この頃です。

posted: 伊久雄
October 24, 2009 03:26 AM

そういえば、「安部公房の演劇を見た」という話を聞きましたね。
彼の数学的センスは飛び切りだったようです。
それにしても
「人気がない」というのは何とも残念な話です。

お母様のご病気、
一日も早い回復をお祈りしています。

posted: susumu
October 24, 2009 07:51 PM

お母様のご病気、御見舞い申し上げます。

posted: HiroshI Iwamoto
November 10, 2009 02:31 AM




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