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◆たそがれ清兵衛

たそがれ清兵衛 [DVD]




幕末前後を舞台にした小説や映画で
描かれる人々を見ていると
明治以前とそれ以降では同じ日本人とは思えないほど
大きな精神の断絶を感じることがある


ぼくは『寅さんシリーズ』があまり好きではない
特にシリーズの後半は老けてしまった寅さんの演技が痛々しく
山田洋次という映画監督が渥美清の役者としての才能を
このシリーズに縛り付けてしまったような気がして嫌だった
そんなイメージの監督が撮ったという本格時代劇だから
ちょっと意地悪く観ていたのだけど、、、、、

それは、衝撃だった
魂を揺さぶられるような衝撃だった

監督の、時代劇の新境地を切り拓こうという強い意気込み、
妥協を許さない姿勢が、役者、セット、背景、照明、音楽、場の空気など
あらゆるものに乗り移ってこの映画に結晶していた

人間の弱さ強さ、優しさ恐さ、美しさ醜さが
山田洋次監督でなければ描けない細やかなタッチで見事に描かれている
こんな時代劇、ぼくは観たことがなかった

映画は、主人公清兵衛の妻のお葬式から始まり
藤沢周平の構築した庄内海坂藩の下級武士の貧しい生活が
とつとつと描かれる
ぼけた祖母を労わる家族
朝食の椀の最後は香の物で拭くように清める
こんな生活をついこの間まで日本人は普通にやっていたのだ

白井晟一は「日本人の精神の本質は貧困にある」と語っている
幕末明治の人はその貧困で身を鍛え、心を洗い、
そして磨いてきたのではないだろうか

そんな慎ましやかな生活を送っている清兵衛に
藩主交代劇の間で生じた理不尽な討手の命が下る
妻を亡くして身の廻りも儘ならない清兵衛は
禄高の貧しさから寄せる想いを断っていた幼馴染の朋江に
出立の準備を依頼する

美しく無駄の無い立居振舞を
カメラは静かに追う

やがて準備が整った清兵衛は朋江に想いを告げて
手練の余吾善右衛門が立て篭る家に向かうのだが、、、、

殺陣が恐い
本物の刃物で斬られる恐さがぴりぴりと伝わってくる
田中 珉の鬼気迫る演技が空気を震わせる
(『龍馬伝』での吉田東洋役も凄かった)

映画を観終わって、あまりの感動に、
しかし、こんな地味でローカルな日本映画を
外国の人たちは理解できるのだろうか
彼らは一体どんな感想をもつのだろうかとふと気になった

「無闇に刃物を振りかざさない、静かな、しかし美しい侍の生き方を見た」
「淡々とした日々の中に光る人間の美しさ」
アメリカのレビュー・サイトにはこのような感想が並んでいた

この、静かにじわじわと湧き上がってくる深い感動を
世界中の人たちと共有できることに驚き
また、そのような映画を創った山田洋次監督に
ぼくは更に感動してしまった


失ってはならないものがここにある

posted:susumu150512

コメント

「たそがれ清兵衛」は私も観賞しました。
私は下級武士の役人社会が現代のサラリーマン社会と二重写しなって見えたのです。
私自身が会社の組織の一員として日々過ごす中で感じる事ですが、個と全体、個人と社会 この関係性は人類のDNAの中に見出せるとともに、DNAの外に向かって広がっていると思っています。

posted: 今西
May 21, 2012 10:33 PM




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